子供時代の浣腸思い出小説

幼少期や未成年などの子供の頃、自宅や学校、病院でイチジク浣腸をされたエピソード小説です。小説の中では浣腸は便秘治療だけでなく、おしおきやしつけにも使われています。

情景6

私の家では、小さい頃から、母は絶対にさからえない存在でした。
そんな母から、幼い頃から私はちょくちょく浣腸されていました。理由は、なんてことありません。1日お通じがなかったり、ちょっと顔色が悪い程度で、母は私に浣腸することを決めるのでした。

「ちょっと顔色が悪いわよ。今日、お便は出たの?」
学校から帰宅し家にいる時、母からこう聞かれるだけで、私は次の展開を覚悟し観念します。
「まだ出ていないわ」どうせ、出ていたとしても浣腸にきまっているので、私は正直にこたえます。
「そおう。じゃ、お尻にカンチョーしておきましょう」
そう言うと母は嬉しそうに、戸棚へイチジク浣腸を取りに行きます。

「カンチョーしますから、そこへ寝なさい」
私はふとんの上に横たえられます。
後ろからカサカサ、という音が聞こえ、母がイチジク浣腸の準備をするのがいやでもわかります。
手早く私のショーツを下ろすと、お尻の穴にワセリンを塗り込みます。

「嫌でしょうけど便秘にならないうちに、がまんしてカンチョーしておきましょうね」
母が言います。私は涙目でこっくりうなづきます。少しでもさからうと、あとから理由をつけて浣腸や座薬、肛門検温などが続きますから…。

「さ、カンチョーしましょうね。お口をあけて、力を抜きなさい。」
母は私の肛門をしっかり開き、カンチョーがすっとお尻の穴に差し込まれ、なんともいえない気持ち悪さがお尻を襲います。カンチョー中はできるだけ気をそらしていますか、この時ばかりはうらめしさを感じます。

浣腸が終わり、先端がお尻から抜かれると、ティッシュで5分ほど押さえられます。
「きちんとお便出しましょうね。でないときはまた夜にカンチョーですからね」
全ては、母の管理下。子どもの私には、カンチョーを嫌がったり拒否する権利などありません。
こんな光景が、私の家ではちょくちょく行われていたのです。

薬局

私が中学生のときのことです。宿題をやってくるのを忘れた私は「お腹が痛い」と嘘をつき、午後の授業を早退しました。
するとその帰り道、なぜか母が迎えにやって来ました。
「学校の先生から電話があったのよ、お腹が痛いんですってね」
「…」私は、何か嫌な予感がしました。
「今すぐ病院へ行きましょう」
「家で休めばよくなるわ」
「いいえ、いけませんよ。それなら、お薬をもらいに行きましょうね」
母はそう言い、私を薬局へと連れていきました。

その薬局は古くからやっていて、おばさん一人で切り盛りしています。
「いらっしゃい。どうなさったの?」
「この子が、お腹が痛いみたいで。病院にも行きたがらないのですが…」
「もう、大丈夫ですから」私は、うつむきながら答えます。
「それは大変ね。じゃあ…お薬の前に、具合を調べてみましょうか?」
「ええ、お願いします」
薬局のおばさんと母は、無言で目で会話をしているように私には見えました。
「じゃあ、ちょっとこっちへ来てね」
おばさんは、私を裏の和室へと促します。私は目をしばしばさせながら、ついていきます。

和室には、白いシーツが敷かれていました。
「さぁ、一寸そこへ四つん這いになってね」おばさんが、にっこりと言います。私はいやいやをします。
「一寸具合を調べなければ何の病気かわからないのよ、さっさとなさい」母が毅然と私に言いました。
私は観念し、シーツの上に四つん這いになりました。すかさず、手早くおばさんの手でショーツが降ろされます。

「じゃあ、まずは体温を測りましょうね」そういうと、おばさんは私のお尻にワセリンを塗り込み、直腸体温計をすっと入れます。
「何か変な病気でなければいいのですが…」
「ええ、本当に」
おばさんと母のしらじらしい会話が、お尻の後ろから聞こえます。

しばらくして、体温計が抜かれました。
「36.9度。微熱ですね」
「じやあ、どうしましょう」
「ちょっとおしりにカンチョーしておいて、便を出して様子を見ましょう」
おばさんは、こともなげに言います。
「お通じは、昨日も今日もありましたから」
私がこたえると、おばさんは笑います。
「お通じがあっても、女の子が具合が悪い時はカンチョーされるのよ」
そういうと、おばさんは和室を出ていきました。私は、お尻を出したまま待たされます。
「おかあちゃま、私、具合は治ったわ」私は必死に懇願します。
「子どもの体調は変わりやすいのよ。一寸カンチョーしてもらいましょうね」
母は、涼しい顔で私に言います。

おばさんが、イチジク浣腸の箱と脱脂綿を持って和室に入ってきました。
私の目の前でわざとらしくイチジク浣腸の箱をあけ、ビニールを破ります。
「おたくのお嬢さん、カンチョーは?」
「ええ、ときどき。家だといやがって大変ですの」
「そうでしょうね」
おばさんと母は笑います。私は、みじめで仕方ありません。

「はい、それじゃあおしりにカンチョーしましょうね。力をぬいて、一寸らくうにね」
私は涙をこらえ、ずっとうつむいています。
おばさんがイチジク浣腸のキャップをあけ、私のお尻に差し込みます。
注入の後、脱脂綿でお尻を抑えられます。
「カンチョー出しておきますから、今日みたいにお腹が痛い時でも、そうでなくても時々してあげてください。女の子にてきめんのお薬ですから」
「ええ、わかりました」
おばさんと母の会話もうらめしく、私はがまんさせられ、しばらくしてようやくトイレに行かしてもらえたのでした。
その後はいうまでもなく、しばらくは母からのカンチョーの洗礼を受ける日々が続きました。
かわいそうにその薬局の前を通ると、私と同じ憂き目に遭っている女学生をしばしば見かけました。

情景5

昔、僕の近所に年の離れた女学生のお姉さんが住んでいました。そこの母親は継母らしく、お姉さんをよくせっかんしているのを見ました。

なかでもよく見たのが…浣腸。お姉さんの部屋は、外からでもよく見えましたから、息をひそめてよくのぞいていました。

「最近勉強やいえのことがおろそかだけれど、ウンチは出ているの?」
「…ハイ」
継母がたずねると、お姉さんは真っ赤になります。
「そう。でも、おしりにカンチョーして、ウンチしてスッキリさせましょうね」
継母はうれしそうに言います。さからえないお姉さんはこっくりとうなずき、すっとショーツをおろして四つんばいになります。
継母は満足そうにそれを見て、薬箱からイチジク浣腸をとりだします。
「おしりにカンチョーしますから、がまんするんですよ。こらえないとウンチが出ませんからね」
これが便秘治療でないことなどまるわかりですが、お姉さんはうらめしそうにうなづきます。
ゆっくり、イチジク浣腸が差し込まれます。お姉さんは、涙をぬぐいます。
すっと浣腸が抜かれ、脱脂綿で押さえられます。
ひんぱんにおこなわれるこの光景を見るたび、なんともいえない気分になるのでした。

夏の日

私が女学校時代のことです。街で行われる夏祭りにクラスメイトと参加することになりました。
繁華街ですから、母親は反対。聞き分けのない時分です、言うことなど聞きません。
テキ屋のものは飲食してはいけませんよ」母親はそう言い聞かせていました。

私は母親の言いつけを守らず、夏祭りではテキ屋のジュースや氷などを食べました。

そして…帰宅後。部屋に戻ると、冷たいものをとりすぎたのでしょう、お腹が痛くなってきました。
ほどなくして母親が、部屋に入ってきました。手には…イチジク浣腸の箱が握られています。
テキ屋で食中毒が出たんですって、ちょっとおしりにカンチョーしますからね」
「寝ていればよくなるわ」
「それはできないのよ。さっき学校から電話があって、あなたがテキ屋のジュースを飲んでいたのを、先生が見たようだから」
私は、学校をうらめしく思いました。
「あきらめて、おしりにカンチョーしてウンチ出してしまいましょうね」
母親がにっこりと宣告します。
「堪忍して、カンチョーはいや。ウンチするから」私は涙目で首を振ります。
「さ、早く。保健所からは、これから5日間は家庭で毎日カンチョーして、ウンチをとるように言われているのよ」
私はうなだれ、観念しました。
さっさとショーツが下ろされ、イチジク浣腸の箱があけられます。私は横向きで、みじめな気分になります。
「カンチョーしますよ。がまんなさいね」
母親が、私の肛門を開いて浣腸の先端をさしこみます。なさけなくてしかたありません。
浣腸が抜かれ、脱脂綿でおさえられている間も、「明日からも、夜寝る前にカンチョーでウンチ出しましょうね。観念するんですよ」
食中毒対策とはいえ、まるでお仕置きのようなカンチョーの宣告に、私は泣きそうになるのでした。

施設2

女の子をしつけるための施設には週に一度、母親がやってきます。面会などではありません。施設のカリキュラムの一つである「育て直し」のために…。

育て直しは、女の子の部屋で行われます。入り口には職員が立ち、母親にアドバイスをしたり、素直でない女の子を押さえつけたりします。

育て直しの目的は、親に従順な子どもにさせること。
「◯◯ちゃん、身体の具合を見ましょうね。」
そういうと、肛門ではかる体温計を取り出します。女の子はなんともいえない表情をします。が、さからうことなどできません。
「はい、お母さま」何を言われても、こう答えなければいけない決まりです。
ズボンとショーツをぬがせ、お尻の穴に体温計を差し込みます。オムツ代えのような格好で…。
「まあ、微熱があるわね。お通じは?」
「…。」女の子は首を振ります。
「あら、そう。じゃ、すこうしカンチョーしましょうね」もちろん、お通じがあったところで浣腸です。
そこからは、母親の独壇場。わざとイチジク浣腸をみせつけたり、仰向けさせてワセリンを塗り込んだりしながら、親の絶対性をみせつけます。
「口をあけて力を抜きなさい。動いたらもう一回カンチョーよ」「お便がでないようじゃ、先生方にたくさんカンチョーしていただかないといけないわね」「カンチョーで、あなたの悪いところを直していきましょうね」
やさしく諭す母親を、仰向けさせられカンチョーをされながら、「はい、お母さま」と答えながら、女の子たちはうらめしく見つめるのです。

施設1

街から少し離れた場所に、ぱっと見、病院や合宿所に見える施設があります。
しかしそこは…小学生から高校生までの女の子をしつけるための施設なのです。生活態度や素行が悪い、お仕置きをしても反省しない女の子たちが、親に入れられる場所です。
女の子たちは施設の噂は聞いていますから、施設に連れていかれる時はもちろんいやがります。

施設では、狭い個室で寝起きします。朝、起床時間になるとドアが開き、女の子たちはパジャマを下ろし、四つんばいで待機します。
一部屋ずつ、職員が二人入ってきます。
朝は、刺激のある座薬。居眠りや不真面目な態度を正して過ごすためです。座薬の前に、前日にお通じのない女の子はイチジク浣腸の洗礼です…。毎晩、施設の女の子たちは必死でお通じをつけようとします。
「◯◯さん、座薬します。昨日便が出ていないから、先にカンチョーしましょうね。あなたは便秘がちだから、明日もカンチョーしましょうね。すっきりするわよ」
高らかな職員の声は、もちろんほかの部屋にも丸聞こえ。他の部屋の女の子も、お尻を出しながら「次は自分だ」と、なんともいえない気分で目をぱたぱたさせています。
座薬やカンチョーをいやがったり、動いたりすると、ムチを使ったお尻叩き。「ピシッ!ピシッ!」という音と、「ごめんなさい!ごめんなさい!」と、女の子の必死の謝罪が響き渡ります。
「反省しましたか?」
「はい…。座薬とカンチョー…お願いします」
ムチの音が静まり、べそをかきながらお願いする女の子の声が聞こえます。

情景4

僕の家は小さい頃に母が亡くなり、それからは姉と共に遠戚に引き取られました。
母親代わりとなった育ての母は僕と姉が気に入らず、しょっちゅうせっかんされていました。男の僕はお尻を叩かれたり、柱にくくりつけられたりしていました。
姉はというと…。僕が学校から帰ると、和室で声がします。部屋には布団がしかれ、体調のすぐれない姉が寝ていました。かたわらには育ての母がいます。その手には…「イチジク浣腸」と書かれた箱がありました。
「具合を見たいから、おしりにカンチョーしましょうね」
育ての母が、にこやかに宣言します。
「あの…お通じは今朝、ありましたから」
「お通じがあっても、微熱があるじゃないの。おしりにカンチョーすれば、熱もさがります」
姉は、首を振ります。それもそのはず、当時の姉は中学生でした。
「いやがってもむだよ。さ、カンチョーです」
そういうと姉を横向きにさせ、ズボンとショーツをおろします。姉は、うらめしそうな顔で涙をこらえます。
「どうせされるんだから、最初からおとなしくなさい。それじゃあ、カンチョーしますからね」
育ての母は、イチジク浣腸の箱をあけて袋をやぶり、キャップをはずします。姉の肛門を指でしっかりとひらきます。
「カンチョーですから、力を抜きなさい。しっかりカンチョーが入らないときは、もう一度やりなおしですからね」
育ての母がいいきかせます。そして、カンチョーの注入。わざとゆっくりカンチョーを入れ終えると、脱脂綿で押さえ5分ほど我慢させます。
このほかにも、電話で姉に聞こえるように「うちの子具合悪いから、ちょっと今夜はおしりにカンチョーして、寝かせておきます」といったり、居間などで「おしりにカンチョーしますから、和室へいらっしゃい」と宣告したり、姉の体温をはかるために肛門で熱をはかることも多かったです。「おしりにカンチョー」といわれると、姉はいつも真っ赤になって泣きそうな顔をしていました。
僕は育ての母から浣腸はされませんでしたから、かわいそうにこの浣腸は、姉専用のお仕置きだったのでしょう。